2015年02月20日

東京都庭園美術館実験映画/ヴィデオアートの パイオニア飯村隆彦、中嶋興らによる、創成期の歴史的なヴィデオパフォーマンスを再演。

2015/2/7(Sat) 14:00-17:30*
東京都庭園美術館
TTM:IGNITION BOX(イグニションボックス)2015
PROGRAM_A|LIVE/VIDEO/PERFORMANCE
[Video Art as Live Performance / ライヴパフォーマンスとしてのヴィデオアート]

ナム・ジュン・パイクのエンジニアだった阿部修也、実験映画/ヴィデオアートの
パイオニア飯村隆彦、中嶋興らによる、創成期の歴史的なヴィデオパフォーマンスを再演。
ヴィデオアートにおけるライヴパフォーマンスの 歴史を振り返り、
その流れのもとに河合政之with浜崎亮太、西山修平など現代のヴィデオアーティスト
のパフォーマンスを紹介します。

プログラム・ディレクション:河合政之[ヴィデオアーティスト]

飯村隆彦:1970年に朝日新聞社ホールで、日本のヴィデオアートの先駆をきった
歴史的公演を、45年ぶりに、新しいヴァージョンで再演します。

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2014年08月23日

飯村隆彦の六〇〜七〇年代ヨーロッパ活動

飯村隆彦の六〇〜七〇年代ヨーロッパ活動*
ジュリアン・ロス

飯村隆彦は一九七四年のエディンバラ国際映画祭で「時間」
を中心に組まれた短編映画プログラムが二つ上映された。
映画祭プログラマーのジョン・デュー・ケーン(John du Cane)
氏の紹介文では、以下のように飯村隆彦は紹介された。註35

「飯村隆彦はここ数年西洋で発達しているアヴァンギャル
ド映画に貢献している唯一の日本人である」36

 この紹介文で表れるように、ヨーロッパの視点からは「実験
映画」の活動は西洋が中心として思われていて、飯村隆彦以外
は日本の実験映画作家は知られていなかったようだ。一九七四
年八月二十六〜二十九日にエディンバラ国際映画祭を訪れた飯
村隆彦は、その時点ではニューヨーク、ベルリン、パリなどに
滞在した経歴を通して海外の活動が盛んにあり、実験映画業界
ではある程度の知名度を持つこととなった。ニューヨーク滞在
期間を終えた飯村隆彦は妻の飯村昭子と一緒に一九六九年一月
から半年ヨーロッパの各地を回った。このように、始めて日本
人の実験映画作家が本格的にヨーロッパをツアーすることとな
った。
 各地のプログラムは飯村隆彦と妻の飯村昭子さんが持ち運
んだプリントから構成された。ここで注目するべき事は、飯
村隆彦は個人の作品だけではなく日本の実験映画仲間の作品
も一緒に持ち運び、ヨーロッパの各地にて上映を行なった事だ。
一九六四年に結成されたフィルム・アンデパンダンの作家が中
心に大林宣彦、金坂健二、高林陽一と外山鶴良の作品が一本ず
つ、飯村隆彦の作品十本と共に持ち運ばれた。

 フィルム・アンデパンダン周辺の作家は北米では六〇年代半
ばから、飯村隆彦とドナルド・リチィーによって紹介されて
いた。一九六五年にはサン・フランシスコの(The Movie) で
は、リチィー氏の企画プログラム「Japan Underground」で初
めて日本の実験映画が北米に紹介された。39
このプログラムの紹介文でリチィーは日本の実験映画の配給
の少なさと作品自体の奇異的な特質に知名度の低い理由を定め
た。国内でも上映機会が少ない事を指摘したリチィーは、この
ように代表的な実験映画作品が一つのプログラムにまとめられ
たのは西洋だけでなく世界で始めてだという事を主張した。
そして一九六六年四月二十九日〜三十日ではニューヨークのフ
ィルムメーカーズ・コーポで佐藤重臣と飯村隆彦が「Japanese
Experimental Film−New York First Showing」を開催した。               

   

佐藤重臣と飯村隆彦がニューヨ
ークのフィルムルムメーカーズコーポ事務所。1966年

数ヶ月後の一九六六年六月三十日〜七月二日では「Experimental
Films From Japan」プログラムがリチィー氏企画によってニューヨ
-ク近代美術館で上映され、飯村、大林、高林、リチィーや
日本大学芸術学部映画研究会の作品が上映された.。
芸術家・アルドー・タンベリーニー(Aldo Tambellini)氏主催のニュ
ーヨークのブラック・ゲート(Black Gate)でも一九六八年十月四〜六日
に飯村隆彦と来日した松本俊夫のマルチ・プロジェクションのイヴェント
が行なわれ、同じゲート・シアター(Gate Theatre)では毎夜連続に
「Japanese Erotica – poetic sensuous explorations of the art of love
from the Japanese Underground」が上映された.


その後七〇年代に入ってからはフィルム・アンデパンダン周辺作家以外に
も日本の実験映画は北米で上映された。
飯村隆彦の1969年5月23日カッセル上映会ポスター


ニューヨークを中心に紹介された日本の実験映画は、北米では
「日本アンダーグラウンド」や「エロス」のテーマが宣伝で強
調されたようだが、ヨーロッパでもプログラムの題名や新聞の
批評を見ると同じく二つのテーマに重点が置かれたようだ。会
場の公式によってエロスの主張が違ったようだが、コペンハー
ゲン、アムステルダム、トリノ、カッセル、ヴェローナ、チュ
ーリッヒの上映ではエロスの誘致をある程度利用していたよう
だ。 巨大なペニスが微かに背景に見える日章旗を隠すカッセ
ルの上映ポスターは特に象徴的でありながらも、この衝撃的な
イメージは過去の日本というイメージを打ち壊す政治的な解釈
も出来る。しかし、ロンドンのメンバー倶楽部の宣伝でも主張
された「エロス」は実験映画の上映に客を導くためには必要な

戦略だったのか? エロスは実験映画の分野では世界的にも
注目される事が多いが、確かに六〇年代後半に当たる飯村隆
彦の製作はエロスをテーマとした作品が多く、一九六三年制作
の性行為を描いた彼の代表作「あい」は日本の実験映画の
中では一番海外の上映回数が多かったと思われる。しかし、
ツアーで上映された他の作家の作品を見ると特別にエロスをテ
ーマとした作品は少ない。北米でも行なわれたプログラムによ
る「エロス」の主張は何処まで飯村隆彦自身、もしくは各会場
の戦略だったのか? 何はともあれ、飯村隆彦のツアーによっ
て日本の実験映画の認知度がヨーロッパで広がった事は重要だ
と思われる。

一九六六〜六九年までニューヨークに滞在した飯村隆彦
は、北米(主にニューヨーク)での活動を中心に語られる事が
多い。しかし、一九六九年のツアー以来の七〇年代初期の活動
はヨーロッパを拠点としていた。一九七二年にはドイツ芸術
交流会(DAAD)のフェローシップで一九七四年までベルリン
に滞在していた飯村は、一九七三年だけでもアーゼナル(ベル
リン)で五日に渡ってフィルムとビデオの上映、ベーカー画廊
(ミュンヘン)で個展、そしてベルリン芸術アカデミーのADA.
Aktionen der Avantgarde (アヴァンギャルドの行為)にも参
加して幅広く活躍していた.

六〇年代後半からビデオ制作も始めた飯村隆彦は、一九七四年に
ビデオのインスタレーション作品の個展 TAKA IIMURA VIDEO
TAPES 1970–1973 をNeuer Berliner Kunstverein e.v. –Videothek で
開催した。ドイツ以外にも活動は幅広く、一九七三年九月三〜十
六日までロンドンのICA と国立映画劇場(NFT、現在BFI)
で開催されたA Festival of Independent Avant–Garde Film(自主
制作前衛映画の祭)にも飯村隆彦は二つのプログラムとフィル
ム・インスタレーションを一つ出品した46 。その後も一九七三
年ではオーストリア・ブリゲンツのパレ・トルン・ウント・タ
クシスで「プロジェクション・ピース」の展示を行なった。
46
一九七四年にベルリンから離れてからパリに引っ越した飯
村隆彦は、続けて一九七四年九月二十二〜二十三日にベルギ
ーのアールストにある小さな画廊ニュー・リフォームでフィ
ルム・インスタレーション「ひとつの線として見みえるひと
つのループ」を展示、そして映画上映とビデオのインスタレ
ーションも行なった。その後もパリのジェルマン画廊で九月
二十六日に開催されたビデオのグループ展では、アラン・カ
プロー(Allan Kaprow)やシャルルマーニュ・パレスタイン
(Charlemagne Palestine)などの巨匠と一緒に展示した。パリ
で始めて開催した個展はサン・ジェルマンの小さな画廊

で十月三十日〜十一月十三日までの間「ひとつの線として見みえる
ひとつのループ」を再度展示した。パリ滞在中はロンドンにも
行き、ロンドンのNFT、ノッティング・ヒルのゲートシネマ
(Gate Cinema)とロイヤル・カレッジ・オブ・アーツ(Royal
College of Arts)美術学校でも上映を重ねた。



飯村隆彦の七〇年代に当たるヨーロッパの殆どの上映活動は個
人作品の出品であったが、一九七九年六月のロンドン前衛映画祭
では彼は個人作品の上映とフィルム・パフォーマンスも含めて日
本の実験映画のプログラムを上映した。この特集は七〇年代に一
時帰国した飯村隆彦が個人的に選択した奥山順市「映画」や居田伊佐
雄「オランダ人の写真」などを含む十二人の作家による十六本
の作品であり、ニューヨーク近代美術館(一九六八年三月)と
パリのポンピデュー美術館でも上映が行なわれた。
映画祭・美術館・個人ツアーなどの経由を通して、どのよう
な形で日本の実験映画作品が同時代にヨーロッパで紹介された映
画祭・美術館・個人ツアーなどの経由を通して、どのよう
な形で日本の実験映画作品が同時代にヨーロッパで紹介された
現状を調査してみた。日本の実験映画の海外分配はまずヨーロ
ッパのEXPRMNTL3 で始まり、その後も断続的に映画祭など
で上映が行なわれた。北米と同じくヨーロッパに同時代で上映
された作品は数少なく、誤解を招くような形で上映される例も
あったようだ。しかし、ヨーロッパでも上映回数は徐々に増え、
日本の実験映画も臨在が広がり、個別的に作家は認められてい
く事となった。日本人の美術家・映画作家の関心はヨーロッパ
から北米に偏っていくようになったのは事実だが、ヨーロッパ
から日本に対しての関心は続いたようだ。日本側とヨーロッパ
側両方に当たる各自の個人活動や企画によって、非商業映画や
実験映画の配給は広がる事となった。このような商業映画の経
由からはみ出た自主活動も辿らなくては、どのように日本の映
画が同時代に語られていたかという全体像を捉えることは出来
ない。その上、飯村隆彦のように海外でも長い間作品制作や上
映活動を行った作家の道筋や海外の活動と接した事による影響
などもこれからは考えなくていかねばならないと思う。



参考書目
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 発生:ヨーロッパ上映旅行」、季刊フィルム、四号、秋、
 一五四―一六三頁。
飯村隆彦 (一九七四)。Taka Iimura: vidio plans 1972-1974.
 Aalst, Belgium: self-published.
飯村隆彦 (一九七八)。’On Film Installation’, Millennium
 Film Journal, vol. 2, no. 1 (Spring/Summer): 74–76.
飯村隆彦(一九七九)。「日本の実験映画 米仏で高い評価得
 る 各国、美術館が上映の場」、毎日新聞、六月二日(夕刊)。
飯村隆彦(一九八五)。パリ=東京 映画日記。東京:星雲社。
大島辰巳(一九六五)。「無からの創造 ――フィルム・アンデ
 パンダンについて――」、三彩、二月号。
佐藤重臣(一九六八)。「エクスパンデッド・シネマとエレク
 トリック・サーカス」、映画評論、vol. 25、no. 3、三月号、
 口絵。
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 ンダル――世界のアングラレポート・その一――」、映画
 評論、v. 25、no. 3、三月号、三四〜三九頁。
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Bardon, Xavier Garcia (2013). ‘EXPRMNTL: an Expanded
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Iwabutch, Masayoshi (1975). ‘New Japanese Films’,
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Lethem, Roland (2013). 「若松孝二、クノックにて――ク
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 松本潤一郎(訳)、阿部晴政(編)、「若松孝二 闘いつづけ
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Mekas, Jonas (1964). ‘Flaming Creatures at Knokke–le–
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 Macmillan, pp. 111–115.
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 Avant–Garde Cinema’, Sight and Sound, vol. 43, on. 1
 (Winter): 16–20
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Rayns, Tony (ed.) (1984). Eiga: 25 Years of Japanese
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 Festival.
Rayns, Tony (1986). ‘Nails That Stick Out: A New Independent
 Cinema in Japan’, Sight and Sound, vol. 55
 (Spring): 98–104.
Richie, Donald (1960). ‘Japan: the Younger Talents’,
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Robinson, David (1975). ‘Edinburgh’s Terayama happening’,
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Sato, Tadao (1973). ‘Japanese Cinema: The New Left’,
 Sight and Sound, vol. 42, no. 3 (Summer): 171–174
Stein, Elliott (1968). ‘Dr. Ledoux’s Torture Garden’,
 Sight and Sound, vol. 37, no. 2 (Spring): 72–73.
Stern, Lesley (1983a), ‘Image Forum: An Interview with
 Katsue Tomiyama’, Framework, no. 22/23 (Autumn):
 71–73.
Stern, Lesley (1983b). ‘Tomato Ketchup/Passion Fruit:
 Variations on Japanese Independence’, Framework,
 no. 22/23 (Autumn): 67–70.
Wlaschin, Ken (1971). ‘Death Dreams and Sexual Liberation’,
 Today’s Cinema, 20th November.
Zoller, Maxa (2011). ‘”Festival” and “museum” in modernist
 film histories’, Tamara Trodd (ed.), Screen/
 Space: The projected image in contemporary art.
 Manchester and New York: Manchester University
 Press, pp. 53–72.

[飯村追加]:
Julian Ross(2013), Circle the Square: Film Performances by Iimura Takahiko in the 1960s,
MoMA-Post, file:///Users/takaiimura/Desktop/MoMA:Post/Circle%20the%20Square:%20Film%20Performances%20by
%20Iimura%20Takahiko%20in%20the%201960s%20%7C%20post.webarchive


 この論文の準備の際に、お話を聴かせて頂いた飯村隆彦氏と
トニー・レインズ氏、そして資料に関しての手助けをしてくれ

たBFI Library, Tate Library Stedelijk Museum Library, EYE
Film Institute Library、慶應義塾大学アート・センターに感謝
を捧げたい。
[これ以前の註は本文不掲載のため、割愛した。ー飯村]
35
一九七四年エディンバラ国際映画祭のプログラム:「Reel
 1」は2 minutes 46 seconds 16 frames (9 min.), Timing 1, 2,
 3, 4 (12 min.), Time Length 1, 2, 3, 4 (12 min.) とTimed
 1, 2, 3 (12 min.)、「Reel 2」はCounting 1 to 100 or Xs (12
 min.), A Line 1, 2, 3 (18 min.), To See the Frame, Not to
 See the Frame (12 min.) とSeeing Not Seeing (4 min.) が
 八月二八日に上映された。後にReel 1とReel 2はMODELS
 Reel 1 (1972, 43min.) とMODELS Reel 2 (1972, 44 min.)
 に改名された。
36
一九七四年エディンバラ国際映画祭カタログ、七三頁参考。
37
オーバハウゼン短編映画祭では同じ日に久里洋二の「G線
 上の悲劇」、大井文雄「無限大・無限小」、桂宏平の「うたか
 たの恋」、林静一の「かげ」と島村達雄「透明人間」がマダ
 ガスカーとオーストラリアの短編作品一本ずつと一緒のプロ
 グラムで上映された。
38
飯村隆彦はフランクフルトのEXPERIMENTA ‘69に招待さ
 れ、彼の代表作「あい」がカート・クレンの作品などと一緒
 のプログラムで上映された。
39
この特集では飯村隆彦「リリパット王国舞踏会」、 藤野一友
 /大林宣彦の「喰べた人」、日大映研の「椀」(一九六二)と「殉
 教者」(一九六三)、大林宣彦の「 Complexe= 微熱の玻璃あ
 るいは悲しい饒舌ワルツに乗って 葬列の散歩道」(一九六四)
 と高林陽一の「むさしのいのち」(一九六五)が上映された。
「椀」は足立正生監督作品、「殉教者」は富田勝弘監督作品と
 して紹介された。
40
このプログラムではサン・フランシスコの上映と同じプロ
 グラムが上映された。
41
このプログラムでは飯村隆彦の「サークルズ」(一九六八)、
 「スリー・カラーズ」(一九六八)と松本俊夫の「つぶれかかっ
 た右眼のために」(一九六八)が上演された。
42
 翻訳すると「日本エロティカ・日本のアンダーグラウンド
 からの詩的で感覚的な性の芸術探求」。このプログラムで上
 映された作品は飯村隆彦の「あい」、「De Sade」、「いろ」、「カ
 メラ・マッサージ」と富田勝弘の「殉教者」(一九六三)。
43
例えばニューヨークのミレニウム劇場で一九七四年三月に
 開催された「ニュー・ジャパニーズ・アヴァンギャルド・シ
 ネマ」が一例として挙げられる。この特集では松本俊夫、萩
 原朔美、吉崎克美の作品を含めた十八本の映画が上映された。
44 「カメラ・マッサージ」(一九六八)、「フラワー・オー
 ジー」(一九六八)、「ヴァージン」(一九六八)、「フラワーズ」
(一九六八―六九)、「アイ・ラブ・ユー」(一九七〇)などが
 考えられる。
45
飯村隆彦は芸術アカデミーでビデオ・インスタレーション
「Project Yourself」を展示した。他にもRobert Filliou, Wolf
 Kahlen, Mario Merz, Allan Kaprow とWolf Vostell が参加
 した展示である。 上映の他にも一九七三年に飯村隆彦はベル
 リンのミラー大学で客員講師の仕事もしていた。
46
飯村隆彦は一九七三年九月五日にMODELS Reel 1と
MODELS Reel 2を上映した。上映作品と関連性も強い「+& −」
をICAで展示した。飯村隆彦(一九八五)、一五│一九頁参考。
47
飯村隆彦の上映以外のドイツ圏の上映は一九七二年十一月
 ミュンヘン市立劇場の日本個人映画特集(以後西ドイツ巡回
 上映)が挙げられる。相原信洋、かわなかのぶひろ、田名網
 敬一、奥山順市の作品が上映された。
48
映画祭の名前はFILM LONDON – THIRD INTERNATIONAL
 AVANT–GARDE FESTIVAL で一九七九年六月九日〜十七日ま
 で国立映画劇場、ICA、国立ヘイワード画廊で開催された。
 その後、東京のブリティッシュ・カウンシルの協力でイギリ

 スの実験映画の代表作品を飯村隆彦は東京で上映した。飯村
 隆彦はイギリスの作家マルコム・レグライスやピーター・ギ
 ダル氏などの作家と仲が良く、同時代の英国実験映画作家に
 は特に「時間」をテーマとした作品が強く認められていたよ
 うだ。
49
この特集はイメージ・フォーラムと真木画廊の協力で企画
 された。居田伊佐雄の「オランダ人の写真」はアメリカ映画
 専門雑誌「ミレニアム・フィルム・ジャーナル」の表紙を飾
 る等、特集の影響は強かったようだ。 他にも田名網敬一、 萩
 原朔美、榎本予一、松本俊夫、かわなかのぶひろと飯村隆彦
 の作品が上映された。

*飯村註 飯村隆彦の六〇〜七〇年代ヨーロッパ活動
ジュリアン・ロス は「もうヨーロッパに何も期待しなくていいんだ」
日本の非商業映画・実験映画ヨーロッパ公開史 ジュリアン・ロス、
言語文化,明治学院大学、言語文化研究所,31号、
2014年3月 44-65頁より53頁の中タイトル以降を転載した。
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2014年05月26日

日本の友人たちに:

日本の友人たちに:
先日、5/1にNYのAsia Art Archive in Americaで開かれた、In & Out of Japan: Documenting Travels in Japanese Experimental Film and Art 1960-1980
というテーマで報告した、日本の実験映像の研究者、ジュリアン・ロスに招かれて出席、彼の質問に答えて、初めてNYに来た1960年代後半の状況や経験を話した。
きっかけは当時日本に来たオノ・ヨーコが僕の「LOVE」(1962年)という実験映画を見て感動して、サイレントだった映画の音楽を作曲したばかりでなく、是非NYで見せなさいと言って、強く勧めたことだった。(お陰で、ジョナス・メカスは「美しくも、純粋の映画詩」という絶賛の言葉をビレッジ・ボイス紙に書いた)
当時の日本では無視されていたので(唯一の例外は映画評論編集長の佐藤重臣氏)、すぐにもNYに飛んだ話などを披露した。また、当時制作したぼくの「ニューヨーク・シーン」(1966年)も上映された。会場は満席で関心の大きさを覗かせるものだった。
以下はその会のネット記事で、写真は後にNYに来た佐藤重臣氏とのNYの映画作家協会にジョナス・メカスを訪ねた時のツーショット。壁には僕が組織したシネマテークでの日本の実験映画の上映ポスターなども見える。(飯村)
javascript:;iimura-sato-filmcoop-540x361-1.jpg続きを読む
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ミレニアムでフィルムパフォーマンす

ミレニアムでフィルムパフォーマンスin NY
NY新聞.jpg
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AR(拡張現実)パフォーマンスin NY

読みたい記事.jpg


 ニューヨークと東京の間を毎年往復しながら、実験映像の制作と上映活動
を精力的に行っている飯村隆彦が、最近のライブのフィルム・パフォーマンスを含め
た「飯村隆彦のフィルム・パフォーマンス」を5月2日、金曜日)午後7時から
今、NYでもっともホットなブルックリンのMicroscope画廊で行います。
飯村隆彦のフィルム・パフォーマンスは近年、盛んに上演/上映して、映像学者
ジュリアン・ロスによって、「飯村の発明」と評価され、新しいジャンルと言える
「フィルム・パフォーマンス」を最近のニューテクノロジーのAR(拡張現実)を使った
「あいうえおんARパフォーマンス」(2013年)をライブで、さらに最初の1963年
からの記録パフォーマンスのプログラムも上映されます。
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2014年04月08日

飯村昭子のフィルムショウのご案内

飯村昭子のフィルムショウのご案内

AKIKO IIMURA Film Screening

突然ですが、飯村昭子のフィルム作品の上映会をいたします。
70年代、80年代にパリとニューヨークで作った2作品です。
古い作品ですがご覧いただきたいので、ぜひお越しください。(昭子)
MnPetei-1.jpeg
*Mon Petit Album (1973) 16mm film, 12 min.
*Late Lunch(1985) 16mm, film 30 min.
Music: Jacques Bekaert
音楽はどちらもジャック・ベカート作品。曲は当時このフィルムのために作られました。
J.ベカートは60年代から活躍しているベルギー生まれの現代音楽作曲家です。

日時*4月11日(金)午後7時
April 11, Friday, 7 pm
会場*Microscope Gallery
4 Charles Place, Brooklyn, NY11221
www.microscopegallery.com
地下鉄*M,J,Z Myltle Avenue下車で徒歩5分(地図参照)
地下鉄高架を左側に降りて、Myrtle Aveの角(八百屋)を右方向に進み、
交差するBushwick Aveを超え、スーパーを右手に、Charles Placeを左折、
右側2軒目。
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2013年11月07日

ライブフォニック第3弾 飯村隆彦(映画作家)×鈴木治行(作曲家

<CT ライブフォニック第3弾 飯村隆彦(映画作家)×鈴木治行(作曲家)>

会期:2013年11月5日(火)
会場:京都市・同志社大学寒梅館クローバーホール

2008年、2010年に続く《ライブフォニック》第3弾として、日本における実験映画
の草分けの一人、飯村隆彦氏の作品を、音楽を担当した鈴木 治行氏による生演
奏つきで上映します。

○スケジュール
18:00 開場
18:30 開演
・挨拶(鈴木治行氏)
・演奏つき上映
『Film Strip 1』(1967-70/2009、12分)
『Film Strip 2』(1967-70/2009、13分)
『DADA 62』(1962/2012、10分)
・上映のみ
『A Rock In The Light』(1985/2008、19分)
19:40 終了予定

料金:500円均一(*同志社大学学生・教職員無料)

○プロフィール

飯村隆彦(いいむらたかひこ)

1937年東京生まれ。1960年代からフィルム、ヴィデオ、パフォーマンスなどのメ
ディアにおいて数々の実験映画・映像を制作。以後、ビデオ・ アート、メディ
アアートの主導的な作家として活動し、ニューヨークと東京を拠点としながら世
界中で上映、パフォーマンスなどを精力的に行ってい る。主な作品に
『Ai(Love)』(1962)、『間:竜安寺石庭の時/空間』(1989)など多数。


鈴木治行(すずきはるゆき)

1962年東京都生まれ。ほぼ独学で作曲を学び1995年「二重の鍵」にて第 16回入
野賞受賞。その後も多くの作品を作曲し、国内外で演奏されている。また演劇・
美術・映像などとのコラボレーションも積極的に行っている。主なアル バムに
「語りもの」、(2008)「比率」(2012)など。

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--
西原多朱
tazz Nishihara
同志社大学今出川校地学生支援課
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2013年05月16日

レトロスペクティブno.2<エロスXコンセプト>

飯村隆彦のNYガイセン上映javascript:;jhref="http://takaiimura.sakura.ne.jp/sblo_files/takaiimura/image/E69C9DE697A5E696B0E8819E_0004.jpg" target="_blank">朝日新聞_0004.jpg
レトロスペクティブno.2<エロスXコンセプト>
http://www.uplink.co.jp/event/2013/10835
no.1に引き継いで、今回は<エロスXコンセプト>を中心に、パフォーマンスと上映、さらにゲスト(奥山順市)とのトークと盛り沢山の内容で、イイムラ映像アートの神髄にせまります。
映画制作と並んで、最初から始めたフィルム・パフォーマンス「スクリーン・プレイ」(1963)は前回の「フィルム・コンサート」(1963)と並んで、近年欧米でのエクスパンデッド・シネマの再興にともなって、すでにニューヨーク、ロンドン、パリなどで再演され、高い評価をえています。
また、フィルム制作でも2作目の「LOVE」(1962)は自身、音楽を制作したオノ・ヨーコによって、NYの実験映画の批評家、ジョナス・メカスに紹介され、「詩的な、肉体の官能的な冒険」と絶賛されました。また、草間弥生のNYでのボディ・ペインティングと花々を織物のようにモンタージュした「FLOWERS」(1968-69)は華麗な映像美の世界を現出します。
さらに、1970年代から始まるコンセプチャルな作品では,ビデオ・インスタレーションの日本での最初の作品のひとつとなった「Man And Woman](1970、毎日現代美術展)をはじめ、「Oserver/Observed](1976)や「視覚的論理(と非論理)」(1977)などのビデオ記号学の代表作品が作家の解説と一緒に上映されます。ゲストとの議論や観客の質問も、またとない機会です。
ゲストトーク:飯村隆彦、奥山順市(映像作家)flowers2.jpg続きを読む
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2013年05月08日

レトロスペクティブno.3<風景X言葉>

日本の実験映像のエース、飯村隆彦のレトロスペクティブも渦中に入って、no.3は、一転して<風景X言葉>というテーマで、「言葉のない風景」から「風景のない言葉」に至る世界がゲストに詩人で映画も制作する吉増剛造氏を迎えて、多様に展開します。また、Talkingin NY.jpgアートの再生を期して、映像のライブからの再出発を叶えます。
第1部のフィルム・パフォーマンス:「光で書く:ホワイト・カリグラフィ」は日本の古典、「古事記」の読解不可能な1秒24コマの超スピードのテキストをスクリーン上にカリグラフィ、さらに発声するというまさに離れ業のパフォーマンス、書字、音声、映像, アクションが織り成すマルチメディアによるエクスパンディド・シネマです。聖マーチン美術大学(ロンドン)、マイクロスコープ画廊(ニューヨーク)などで公演し、大きな反響を得ました。
第2部の上映プログラムはオーストラリアの砂漠の真ん中に孤立する巨大石、エアーズ・ロックを巡って起こる自然とフィルムの色変化の競演、「Moments At the Rock」(エジソン国際映画祭グランプリ受賞)から、ニューヨークのスカイラインに逆反射する光に目つぶしを食らうニューヨークの昼と夜を描いた「New York Dan And Night」(抜粋)、竜安寺の石庭をすべて移動車で撮影して<間>を発見する「間:竜安寺石庭の時/空間」(メトロポリタン美術館委嘱作品)など。
さらにコンセプチャルな作品ではフランスの哲学者、デリダの言葉を解体する>街頭で独り言を繰り返すことで実現しました。また「Talking Picture」(映画を見ることの構造)は真っ白のスクリーンに自分の影を投影しながら、映画を見ることの構造を議論するという映画javascript:;作家と観客の一人二役を演じて、最後はそのスクリーンからも姿を消して、この映画を見ているあなたの出番を真っ白のスクリーンに呼びかけています。さてあなたはこの映画を見るか、見ないか。


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